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「一河川一会社主義」を掲げて木曽川の電源開発に乗り出した電力王・福沢
その桃介を助け、よきパートナーであったのが、わが国女優第一号といわれる川上
この建物は、昭和28年7月20日の伊勢小屋沢蛇ぬけ災害では、かろうじて難を免れましたが、35年4月6日の火災で2階部分を焼失してしまいました。
平屋のまま、昭和60年から桃介記念館として一般公開してきましたが、平成9年度において、当初の2階建の姿に復元したものです。大正時代の貴重な西洋風別荘建築としても知られているこの記念館に一歩足を踏み入れると、桃介と貞奴が過ごした大正ロマネスク時代にタイムスリップしたような錯覚に陥ります。2人の写真や遺品、資料も展示しています。
■開館日 3月中旬〜11月末 午前9時30分〜午後4時30分
■休館日 毎週水曜日、冬期(12月1日〜3月中旬)
■入館料 山の歴史館とセットで大人300円。中学生150円。小学生以下無料。
■TEL 0264-57-4166
福沢桃介と川上貞奴
福沢桃介は、明治元年(1868年)6月25日埼玉県吉見町で生まれ、幼少の頃埼玉県川越市に一家で移住しています。慶応義塾に入塾したのが縁で、天性の明敏かつ努力家の桃介は福沢諭吉に見込まれ養子となり、アメリカに留学しています。明治40年代から名古屋を中心とする実業界で活躍し、幾多の事業を手掛けています。電気事業に関係するようになったのは明治41年からで、木曽川水力発電の開発に特に情熱を注ぎました。大正8年に賤母発電所を築き、大正12年の読書発電所竢工の頃が彼の絶頂期だと言えます。電力王とも呼ばれ、日本近代産業の振興に大きな足跡を残し、昭和13年(1938年)2月15日に69才の生涯を閉じました。
川上貞奴は東京に生まれ、長ずるに及んで芸姑となり、明治顕官らの
桃介は、木曽川水系に多くの発電所を建設しましたが、その現地の宿舎として、風光明媚な三留野の地に別荘をもうけ現場の指導にあたりました。その際、しばしば貞奴を伴って、避暑のために長期逗留しました。貞奴が三留野駅(現南木曽駅)に降り立つたびに、高名な女優を一目見ようと、黒山の人だかりだったといいます。
電力王桃介と女優貞奴のロマンスは、当時地元の人々の間でも注目の的であったことがうかがわれます。